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2024.08.26
公共施設を活用した「こころ羽」プロジェクト~子どもたちの体験格差解消~
子どもたちに演劇や音楽鑑賞の機会を
企業と地域の新たな連携のかたち
JCDは、当社が運営に携わる全国の公共施設において、子どもやご家族を演劇や音楽コンサートなどの公演に招待し、文化芸術の鑑賞機会を提供する「こころ羽(は)」プロジェクト」を展開しています。2024年1月には、豊中市立文化芸術センターで開催された、劇団四季のミュージカル『ジョン万次郎の夢』に、社会福祉法人豊中市社会福祉協議会(以下、社協)を通じて47名の方を招待しました。本記事では、今回のイベントで連携した社協の勝部麗子様とイベントを取材し記事を執筆された読売新聞社の満田育子記者、そしてJCDエリアマネジメント部長の田中が、様々な社会課題解決に向けて、企業と地域はどのように連携を図れるか、可能性を語り合いました。
- 子どもたちが直面する経済的貧困、人間関係の貧困、文化的貧困
- 文化的貧困を解決する手段のひとつとしての、「こころ羽」プロジェクト
- 芸術体験から一番縁遠い子どもたちに、ミュージカル観劇を提供
- 「アートには力がある」 本物の文化芸術で感情が揺さぶられる体験を
- 金銭的支援だけではない、企業の福祉事業への関わり方
- 地域課題の解決を積み重ねることで、社会課題を解決する
●プロフィール
勝部麗子(かつべれいこ)氏
社会福祉法人豊中市社会福祉協議会 事務局長 コミュニティソーシャルワーカー統括 第一層生活支援コーディネーター
1987(昭和62)年、豊中市社会福祉協議会に入職。2004年に全国で第1号のコミュニティソーシャルワーカーに。地域住民の力を集めながら、数々の先進的な取り組みに挑戦する姿は、NHKドラマ「サイレント・プア」のモデルとなり、「プロフェッショナル 仕事の流儀」でも紹介される。著作に「ひとりぽっちをつくらない―コミュニティソーシャルワーカーの仕事」(全国社会福祉協議会)。自ら現場に出向き、制度の狭間にいる人たちを取り残さない支援を目指す。
満田育子(みつだいくこ)氏
読売新聞大阪本社 編集局 社会部生活課 記者
1987(昭和62)年に読売新聞に入社。衣食住、子育てと教育、介護、ジェンダー、女性の性と健康をテーマに、取材を手がける。特に教育分野では、小学校の学級崩壊について先駆的に報道し、いじめや不登校問題の取材に力を入れる。一貫して社会問題に向き合い、現場の声をすくい上げて発信している。学生時代、大阪市西成区の日雇い労働者が多く生活する地区で行ったフィールドワークがその活動の原点にある。
田中中秋 (たなかみつあき)
株式会社JTBコミュニケーションデザイン 執行役員 エリアマネジメント部長(大阪・関西万博推進統括)
1993(平成5)年に日本交通公社(現JTB)入社。法人営業担当者として企業が抱える課題の解決に取組む。2000年頃より全国各地で開催されたロックフェスティバルにおいて来場者交通計画や開催地との調整を主催者として行うなど、地域と正対すること、地域に文化を根差すことなどに携わっている。
1 子どもたちが直面する経済的貧困、人間関係の貧困、文化的貧困
―現在、子どもたちを取り巻く社会問題は多岐にわたると思いますが、中でも特に関心を寄せていらっしゃることは何でしょうか?
勝部様
貧困です。近年は新しい貧困問題が生まれています。かつては、経済的貧困がメインでした。それでも、家族の団結や学費を出してくれる親戚の存在など、人間関係でサポートできる体制が少なからずありましたが、今は人間関係の貧困が問題です。親や教師以外に大人のモデルを知らない子どもが増えていて、不登校にでもなれば、いっそう人とつながることが難しくなります。不登校で外へ出られない子は、居場所を作っても。そこを知ることや、つながる方法もわかりません。
さらに、文化的な貧困も無視できません。外での体験が圧倒的に少ない。楽しい夏休みもたくさんの体験ができる子と、大阪市内に暮らしながら地下鉄に乗ったことがない、遠足も行ったことがない、親にもどこかに連れて行ってもらったことがない、そういう子どもたちがいるのです。体験の格差は広がります。子ども同士で感情が揺さぶられるような体験を得る機会を失うことも課題です。生きていく上で必要な力を備えるのにも経験は重要で、当然知っているはずのことを知らないまま年を重ねれば、何か起きたときの対処、判断が難しくなる。私はその点を、危惧しています。
満田様
私は、新聞社の記者として長く社会問題に関わってきました。特に教育問題に関心があり、教育委員会や学校現場を多く取材してきました。今は、日本の教育の仕組みが子どもの多様な個性に合わなくなっており、民間の教育関係の団体や企業など外部のノウハウを取り入れて変えていこうという動きに注目しています。
現在、子どもの声を聞く記事の取材で様々な子どもたちに会いますが、"本当の声"を伝えることの難しさも感じています。子どもは、大人にダメ出しされることを恐れてあまり本音を話しませんし、多くの子どもが「言葉にならない思い」を漠然と抱えています。思いを言語化する力も低下していると感じます。その背景には人間関係の希薄さや、感情に働きかける体験の少なさも影響しているのではないでしょうか。
2 文化的貧困を解決する手段のひとつとしての、「こころ羽」プロジェクト
―お二人のお話から子どもたちの「文化的貧困」という新たな課題が見えてきました。「こころ羽」プロジェクトは、子どもたちに文化芸術体験を提供するものですが、プロジェクト発足の背景を教えてください。
田中
JCDはコミュニケーションをデザインする事をテーマに、様々な取り組みをしていますが、施設運営管理業務もその一つで、現在全国43カ所の公共施設の運営をお任せいただいています。地域住民の方も自主的に施設の催しに興味を持ち、足を運んでくださる方ばかりではありませんから、あまねく情報を届けるためにも、運営には地域に根ざす方々の協力や連携が欠かせないと考えています。
運営施設を拠点に、地域活性・地域貢献の場を創造する方法の一つが、「こころ羽」プロジェクトです。社会的に困難な状況下にある子どもたちやご家族に文化芸術の鑑賞機会を提供するプロジェクトで、初年度となる2023年度は、全国10カ所の公共施設で、ミュージカルや音楽界、著名人の講演会等で約360席を提供、ご招待しました。
「こころ羽」プロジェクトは、地元企業の協力を得ながら、自治体や教育機関、支援団体と連携することで地域全体のコミュニケーションを作るとともに、JCDが地域貢献に関心を示す企業や団体のハブとなることで、社会問題の解決に寄与するソリューションを提供する仕組みでもあります。
3 芸術体験から一番縁遠い子どもたちに、ミュージカル観劇を提供
―ここ「豊中市立文化芸術センター」 は、令和5年度「地域創造大賞(総務大臣賞)」を受賞しました。
田中
「豊中市立文化芸術センター」 は2017年の開館以来、JCDを代表企業とする共同事業体で指定管理運営しています。約40万人が暮らす豊中市の創造発信拠点として、市民が文化芸術に触れる機会を提供する活動をしています。豊中市は、市内にプロオーケストラ・日本センチュリー交響楽団の拠点や大阪音楽大学を有し、「音楽あふれるまちづくりの推進」に代表される活動など、もともと文化芸術に対する市民の関心度が高いエリアです。センターでは若手アーティストや地域社会とアートをつなげる市民アートコーディネーターを育成するなど、地域における創造的で文化的な表現活動のための環境づくりに、積極的に取り組んでいます。
「地域創造大賞(総務大臣賞)」の受賞は、こうした活動実績が認められたものです。ここ豊中で「こころ羽」プロジェクトを開催、劇団四季の勇気あふれるミュージカルを子どもたちやご家族に観劇していただけたことは、とても感慨深いです。
「こころ羽」開催概要
日時:2024年1月27日(土)
会場:豊中市立文化芸術センター
内容:劇団四季ファミリーミュージカル 『ジョン万次郎の夢』 ご招待(47名)
協力:社会福祉法人豊中市社会福祉協議会
参加者の声(観劇後のアンケートより抜粋)
・とても元気が出ました。
・ミュージカルは初ですが最後まで楽しく観ることができました。
・初めてこういう劇をみた。とても感動したしすごく印象に残った。楽しかった。
・子どもたちと一緒に観劇できてうれしかった。
・舞台はすばらしい。感動した。
・フロンティア精神をみならいたいと思った。 好奇心に従って動くことが大切だと思った。
―今回のイベントに、勝部様、満田様はどのような思いで関わられましたか?
勝部様
社協は、招待者をコーディネートする役割を担いました。私たちは普段、何らかの事情で不登校や引きこもりになっている人、例えばヤングケアラーと呼ばれる子どもたちなど、福祉行政がカバーできない「制度の狭間」にいるたくさんの子どもたちと向き合っています。「こころ羽」プロジェクトの話を聞いて、私たちが普段見ている子どもたちの中から、ミュージカルの舞台を観てほしいと思う人を招待しました。こんなに楽しいイベントに招待されても行ける子ばかりではないので難しい選択でしたが、芸術体験から一番縁遠い子どもたちに届けたいと思ったのです。みんな舞台を観て目を輝かせ、大笑いして...。子どもらしい顔つきになる瞬間が見られて、私たちもすごく幸せな気持ちでした。
満田様
子どもたちは皆、身を乗り出して夢中でした。家を出てくるのはとてもエネルギーが要ることだったと思います。最後まで舞台を楽しめるのか不安で、幕が開く直前まで泣いていた子どももいたそうです。それでも、いざ舞台が始まったら、そんな思いはどこかに吹き飛んだ様子でした。演劇にはそういう力がありますね。勇気をテーマにした劇団四季のミュージカルを選ばれたところに、子どもたちに本物を観てほしい、体験してほしいというプロジェクト側の姿勢が伝わってきました。
社会的困難にある状況の人たちから生の声を聞くのは容易ではありませんが、記事では現場の熱量が少しでも伝わるように、できるだけ参加した子どもと保護者の感想を直接お聞きする機会を設けていただきました。文化的貧困、体験格差の問題を世に知らせ、それに対する一つの象徴的な取り組みとして、「こころ羽」プロジェクトのような試みを紹介したいと思いました。よい活動をしていても社会に発信できないと、意味や意義が伝わらずに終わってしまいます。客観的な視点が入ることは、重要だと思います。
田中
「こころ羽」プロジェクトでは、本物を体験してもらう、モノの本質に触れる体験を提供するという価値観を重要視しているので、そのご感想はうれしいです。
企業と社協が連携して社会課題に取り組む試みを、メディアの力で情報発信していく重要性を痛感します。今回、満田さんが新聞記事で紹介してくださり、普段センターと接する人たちとは違う層にも情報として届ける事ができました。記事で当センターを知ってくださった方も少なくなく、応援や支援につながることを期待しています。
4 「アートには力がある」 本物の文化芸術で感情が揺さぶられる体験を
―お二人から見て「こころ羽」プロジェクトの意義はどのようなことにあると思いますか?
勝部様
普段、支援が届かない制度の「狭間」で孤立している子どもたちに、本物の文化芸術を体験してもらえることに、大きな意義を感じます。私たちは、社会的に困難な環境にある親が、子どもに提供できない部分を少しでもリカバリーしたいと考え、気付きや楽しさ、興味につながるような体験を増やすことを意識して活動しています。不登校児童や生徒の家を訪問すると、子どもたちはみな絵を描いていたり、詩を書いていたり、漫画を書いていたりと、学校とは違う世界にいてキラリと輝く姿を見せてくれます。アートには力がありますから、文化芸術体験を提供する「こころ羽」プロジェクトは、とても意義ある活動だと思います。一歩踏み出せるよう条件を整えるのが私たちの役割ですが、「こころ羽」プロジェクトは私たちが動き出すきっかけにもなります。
満田様
私も、アートは感情に働きかけ、思いを引き出す力があると思います。「日頃、言葉や文章で思いを語るのが苦手」という子どもでも、絵や詩、漫画など多様な表現のしかたを知り、ワクワクする体験と、伝えたいという思いが膨らめば、自ら動き出します。子どもたちに備わっている力をいかに引き出すか、スイッチとなるきっかけをつくれるか、学校の教科学習では十分カバーできないところに、そのヒントがありそうです。
「こころ羽」プロジェクトは、必要とする方たちに届けられる仕組みまで意識しているところがよいですね。イベントには自治体や企業のバックアップも必要ですが、一番大事なのは「つなぐ立場」の方々の存在。その地域の事情に最も詳しく、日頃から子どもと家族を支援している方々との連携は、不可欠だと思います。「必要としているけれど行けない」子どもも、日頃から支えられ、信頼している大人に背中を押してもらえれば行きやすくなります。逆に背中を押してもらわなければ、来ることができません。また、このようなプロジェクトは継続が重要で、経験を重ねてその地域の特性を学びながらより実り多い取り組みへと発展していけるはずです。
田中
「こころ羽」プロジェクトは、当初全国を網羅した団体と連携する発想もありました。ただ地域ごとに課題や目指すものがそれぞれ違うことが分かりました。誰と連携すればいいかは、地域ごとに違うのです。勝部さんのように、小学校の校区レベルで細かく地域を見ているような活動をしている方々と連携できるか否かで、プロジェクトの成否が決まります。
勝部様
生産性と公共性のせめぎ合いは悩ましく、いわゆる「企業努力」では限界があり、多くの支援の力が必要だと思います。「文化的な体験ができない子どもたちのために、何席かはみんなが応援しよう」という社会風土ができると理想的ですね。「こころ羽」プロジェクトのような取り組みを、社会の一人一人が少し意識するだけでも、「世の中捨てたものじゃない」という感じになるのではないでしょうか。
5 金銭的支援だけではない、企業の福祉事業への関わり方
―「世の中捨てたものじゃない」。そんな社会を実現するために企業ができることとは何でしょうか?
勝部様
「狭間」の問題に着目するのはどうでしょうか? 課題や困りごとを抱えているNPOなどとつながることから始めてみるのもよいでしょう。福祉の現場も、プレゼンテーション能力を高めていく必要があります。「個人情報だから言えません」ばかりでは、社会は良くなりません。人は「知ること」で優しくなれます。知らないから他人事になり、問題がなかったことになるのです。実は今回、ヤングケアラーの子が家庭の事情で招待日に来られず、当日、再度別の子どもたちに連絡をしたり対応も行いましたが、貴重な席を3席も空けてしまいました。残念でしたが、プロジェクトの関係者には、こうした環境下で生きる子どもが現実にいることを知っていただきました。このことは、必ず次に生きてくるはずです。
満田様
企業の支援といえばまず助成や寄付といった金銭的なイメージが浮かびますが、アイデアを提供することも大切ではないでしょうか。スタートアップ企業の若い人たちに取材をすると、彼らは社会貢献をキーワードに起業し、自治体などと連携して課題解決型のビジネスモデルをつくろうと活動しています。企業側も、世の中のどこに問題があり、改善や解決に向けて企業に何が求められているのかをリサーチする努力が必要です。そして、企業のほうから地域や自治体に歩み寄ることで、できることが見えてくると思います。
6 地域課題の解決を積み重ねることで、社会課題を解決する
―JCDは社会課題解決に対してどのように向き合っていこうとしているのでしょうか。エリアマネジメント部が目指すことについて教えてください。
田中
豊中の課題は全国どこでも抱えている課題であるように思います。社会課題の解決とは地域課題の解決の積み重ねではないでしょうか。豊中での「こころ羽」開催は、社協の勝部さんとともに課題に向き合い、実情に即した施策として実施しました。ここで得た知見を、別の地域で活かすことができます。その積み重ねが、社会課題の解決につながると信じたいですね。
JCDは公共施設の運営を通じて地域福祉と近い立ち位置にいるので、活動に踏み出しやすい。今まで、きっかけがなく支援をためらわれていた企業もあると思うので、間をつなぐ役割を私たちが担い、社会課題の解決に少しでも貢献できる座組を作れたらと思っています。
勝部様
地域側も協業視点が問われています。一緒に問題を解決していくパートナーならば、イベントの実施報告やその後の波及効果などをフィードバックするなど、課題感を常に共有していくことが大事だと思います。
私は引きこもり(80/50)問題にも長く向き合っていますが、50代の息子・娘が社会参加できないまま今日まで来て、親が亡くなりいよいよギブアップ!という相談を受け続けている間に、ふと足元を見たら不登校児童・生徒がこんなにも増えていることに気付きました。人手不足が問題化し、人材が社会からこれだけ必要だとされているときに、社会に出られない、社会が怖い、社会を安全と思えない人たちがこんなにも増えている。これは、社会側にも問題があるのではないでしょうか。息苦しい社会を変えるきっかけとして、まず自分自身が居心地のよい安心できる場所作りからはじめ、そこから何かにつながるきっかけが生まれる期待もあります。
満田様
子どもに声をかけるにしても、「知らない人に話しかけられても答えてはいけない」と親から教わっているのが当たり前の社会になってきています。そんな中では、大人が子どもの問題に関わること自体が難しくなっています。そこに企業が橋渡しをすることで、関わってほしい大人、関わりたい大人とのつながりができるかもしれませんね。
田中
お二人のお話から、地域の企業に私たちの活動をもっと積極的に伝える義務があると痛感しました。エリアマネジメント事業では、地域に求められる役割を考えながら、地域課題の解決を通じて社会課題を解決していく事をミッションとしています。指定管理者としての活動も、一義的には施設の管理運営者、サービスの提供者としての役割を求められている訳ですが、それでは単なる "プレーヤー"です。私達はプレーヤーであることを超え、"パートナー"になることを目指しています。文化芸術のみならず、福祉や教育、産業、まちづくりなど、自治体が担う地域振興のパートナーでありたいと考えています。豊中では豊中市をはじめ、地域の様々な団体との連携や協働により、それらが機能し始めていると実感しています。
JCDは各地域で地域に根ざした皆様と連携を強化しながら、今後も社会課題の解決に取り組んでいきたいと考えています。